栄養の窓

#栄養の窓 |スポーツ栄養士 Atheat代表 足立 歩さん

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当ブログでは子供の成長やアスリートの体づくりに役立つ栄養学・レシピなどを紹介していますが、最適な食事の取り方というのは競技によって異なるもの。

そこでスポーツの現場で活躍している方がどのように食事に向き合っているか、「#栄養の窓」と題してお話を伺っていきます。

今回は「Atheat」代表の足立歩さんに、実際にどのようなサポートを行っているのかお話を伺ってみました。

前半はスポーツ栄養に携わることになった足立さん自身について、後半はサポートしている陸上部での食事内容についてご紹介いたします。

足立歩さん プロフィール

スポーツ栄養士 足立歩さん

Atheat 代表
一般社団法人 臨床栄養医学協会 理事

陸上競技 長距離歴10年
名古屋ウィメンズマラソン 2:58:56

【サポート選手(順不同)】

・フィギュアスケート 坂本 花織 選手
・愛三工業株式会社 陸上競技部
・Honda陸上競技部
・愛媛銀行女子陸上部
・倉敷高等学校陸上競技部
・岐阜県立岐阜商業高等学校陸上競技部
・豊川高校駅伝部

自身のランナーとしての食経験がきっかけに

ー現在の主な活動について教えてください。

今の主な活動は実業団の陸上長距離のチームをメインに栄養面のサポートをしています。

過去にはフィギュアスケート選手であったり、あとは部活動の指導をしています。年間契約であったり単発の契約であったりします。

甘酒の補給飲料のような商品開発の監修もさせていただいています。

栄養セミナーの様子

 

ースポーツ栄養士として活動しようと思ったきっかけは何ですか。

私自身がもともと実業団の陸上選手で、現役時代はフェリチンが4ng/mlくらいしかなかったことがあり、よく生きていたなという感じです笑

1年経ったくらいで辞めて、それが今思ったら拒食症のような状態になっていまして、お菓子などが食べたくてしょうがないんですね。「食べちゃいけない」と思いもありながら、泣きながらクッキーを食べていたこともありました。

環境自体はすごく良いところで、寮の食事は美味しいしボリュームもあるし、3食出されるしで最高の環境でした。

でも食べてる選手はどうかというと、食べたら太ると思ってお米を抜くとか、食べ終わった後に吐いてるとか、環境に誰一人として追いついていませんでした。

「なぜ食べなければいけないか」を誰も競技に落とし込めていなかったので、そこを変えたいというのがスタートですね。

 

ー今の活動はいつからされているのですか。

一番長いところで愛知の愛三工業陸上競技部で、そちらは契約7年目になります。

他にはHonda陸上部高校生ですと倉敷高校や豊川高校のサポートもしています。

陸上部員

愛三工業では最初は「栄養ってなんだよ」という感じで、寮食の欠食も多く、練習量に対して必要な糖質量も
足りていない状態でした。

なので栄養面のバランスを良くするというより、どうしたら選手が寮のご飯を食べてくれるのだろうと、食環境を整えるところからスタートしました。

寮のお米を美味しいものに変えてみたり、食器がボロボロだったので新しく買ったり、食堂の壁紙もボロボロだったので栄養価計算もせずに壁紙を張り替えたりしてました笑

お米にしても、食器にしても、当然お金がかかる事で、限られた中での予算交渉等はチームスタッフとして今にも生きる経験でしたし、壁紙張りも笑..今となってはどれもいい思い出です。

寮の食堂

 

ー食事の内容以前に、食べる環境から見直したのですね。たしかにそれも大事ですね。

選手は大学生時代にコーチなどから「食えー!」と無理に言われていたりして、スタートラインから食事や栄養に対する意識がネガティブなんです。

そこに知識を伝えることから入っても、選手に話を聞いてもらえません。

寮の食器は割れないようにプラスチックの無機質なお皿であることが多く、それも食事の楽しみを落としています。

割れないお皿でもおしゃれなものは最近あるので、予算とにらめっこしながら替えました。

 

練習メニューや選手のあわせたいピークをもとにアドバイス

ー他にはどのようなサポートをされるのですか。

基本的に1ヶ月の流れとしては、普段の食事の献立を練習メニューに合わせて考えたり、ドクターと連携して血液検査結果を踏まえた個別カウンセリングを行ったり、選手から相談があったら都度アドバイスしたりしています。

試合の日には滞在先のビジネスホテルでご飯を作って提供することもあります笑

レース前の食事

自分が作るわけではないときは、ホテルの方に「こうした食事を提供してしていただけないでしょうか」とご相談することもあります。

チームと宿舎との長年の関係性や、調理をされる方の状況等、栄養はもちろんですが、チームを愛して応援していていただける様なスタッフとしての立ち振る舞いもとても大切にしています。

カウンセリングは多いチームでは毎月1回栄養カウンセリングの日があるほか、体調が悪くなるなどエラーが出たらその都度対応できるような体制にしています。

カウンセリングの様子

 

ー結構な頻度ですね。毎月だとあまり変化していないこともあるのではないですか。

そうですね。7年目のチームに関してはいい意味で変化がない状況になっていて、血液状態も日常の食選びもすごくいいです。

ただ選手の意識も上がり、低酸素トレーニングのときは何を食べたらよいか、海外遠征のときはどうしたらよいかなど、どんどん聞く内容がレベルアップしていて、求める水準が高くなっているので日々勉強です。

 

実業団で競技するような選手は箱根駅伝などで活躍していた選手が多く、食事をすごく頑張らなくてもある程度結果を出せたりします。

そんな中でさらに良くするために「栄養」という面倒なものをいかにナチュラルに取り入れてもらえるかというのが、栄養サポートの手腕が問われていると感じています。

食事の盛り付け

 

「この人に委ねよう」とどう思ってもらえるか

ー選手との関係づくりで意識していることはありますか。

食事内容の前に、選手が何を大事にしているかや、どんなことに困っているかを先に聞くようにしています。

食に関心がなくても、例えば疲れが抜けにくいんだとか、この試合にコンディションを合わせたいんだとか、寝付きが悪いんだとか、選手は競技に対してお悩み自体は持っていてます。

そうしたことを先に聞いてから話をしています。

選手との栄養相談

 

カウンセリングを始めた際に食事の写真を見て「○○と□□の栄養素が足りませんね」「これも食べましょうね」と言うだけだと、選手の大事にしている競技感なども全く無視して知識を伝えることになってしまいます。

また食事は特にプライベートなもので、それを見せるって相当な関係性が必要です。私は下着見せてくださいって言ってるようなものだと思ってます笑

それを食事がちゃんとしているであろうと思われる栄養士に、自分の食事を相談するというのは億劫に選手が感じてしまうかもしれません。

 

ーダメ出しされると分かってて自分の食事を見せるというのは、確かに嫌な選手もいるでしょうね。

それこそ最初に自己紹介をするときに、「私は結構ビール飲むんですよ」とか、相手が話しやすくなるように自分のだらしない部分を自己開示するようにしています。

あまり正しい栄養学を振りかざさないようにすることも大切です。

食事がしっかりとれていない現状をみて「もったいない」「全然食べてないじゃん」と熱くなってしまうことがあっても、すぐに指摘すると「なんだコイツ」と敬遠されてしまいます。

そこは選手との信頼関係を考慮して食事以外の話から入ったりして、タイミングを見てアドバイスするようにしています。

選手は競技の成果で給料や契約年数が決まります。信用していない人に競技の一部分を委ねるなんてかなりリスキーなことだと思うんですよ。

そんな中でも「この人に委ねよう」とどう思ってもらえるかというのは、すごく大事なことだと思います。

食事の提供

先ほどの愛三工業でも2年ほど経つと、最初は寮の食事を欠食していた選手も食意識が徐々に変わり、引退間際には個別カウンセリングの際に積極的にご質問やメモをとってくださる姿も見られました。

また、帯同がない遠征時にも宿舎の方から「愛三の選手はしっかりご飯を食べてくれて嬉しい!」とご連絡をいただいたり、

7年目を迎える前にはスタッフから「栄養はうちのチームの文化になった」「うちは日本一栄養を取り入れてるチームだ」とふとした瞬間に言っていただけて、涙が溢れるのを必死に我慢しました。

最初の数年は大変なことも多かったですが、見捨てずに時には厳しく、でも最高に優しく、たくさんの経験を積ませてただいたチームがあっての今なので、選手・スタッフ・会社の方々には感謝しかないですし、

今では一緒に過ごしてきたベテランの選手ほど食意識が高く、新人選手も自然とその流れを汲み取ってくれるようになっているので、選手やスタッフとの気楽なコミュニケーションや、当たり前に「栄養」入れていただける日常に幸せとやり甲斐を感じています。

陸上部の練習

 

ー実際サポートしていて大変だと思うことはありますか。

チームのスタッフや選手が栄養に対して考えていることや経験と、私の考えていることがずれることはやっぱり多少はあるんですよ。

陸上チームでは「ご飯を増やして体重増えたらどうするんだよ」のように。

そうなったときの、どういう角度でご提案をしていくか、納得してもらえるようにコミュニケーションを積み重ねることが大変なところですね。

周りにサポートのことで相談できる環境もなかったので試行錯誤の連続なところも大変でした。

失敗も多くあったのも確かです。それは限られた選手生命に携わるスタッフとしては「不甲斐ない」では本来許されないとも思います。

だからこそ、今は現場にいる方のお悩みにも気軽にお答えしたいとも思えるようになりました。

 

熱意だけで押し切っても嫌がられますし、栄養の理論だけで押し切っても嫌がられます。

壁紙を貼ることや食器を変えるのもそうなのですが、栄養にとらわれず選手のゴールに対してどうやって自分が貢献できるのだろうかと、とにかくご提案をするようにしています。

逆に監督やコーチが選手に言ったらカドが立つことでも、私が言うことでカドが立たないこともあります。

チームには監督以外にもトレーナーさんやフィジカルコーチ、補助食品のメーカーさんなどもいるので、連携しながら輪を作っていくことが大事だと思います。

 

ーまずはチームの関係者と信頼関係をつくることが大切ということですね。お話を聞かせて頂きありがとうございました!

 

(※次回は実際の合宿中の食事についてご紹介します。)

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