この記事は第三者の監修を受けています。
竹中美恵子 先生(小児科医/小児慢性特定疾患指定医/難病指定医)
「女医によるファミリークリニック」院長。
2009年、金沢医科大学医学部医学科を卒業。広島市立広島市民病院小児科などで勤務した後、自らの子育て経験を生かし、「女医によるファミリークリニック」(広島市南区)を開業。産後の女医のみの、タイムシェアワーキングで運営する先進的な取り組みで注目を集める。 日本小児科学会、日本小児皮膚科学会、日本周産期新生児医学会、日本小児神経学会、日本リウマチ学会などに所属。
試合やレースでのパフォーマンスを最大限発揮するために、試合前はどのようなものを食べるとよいでしょうか。
前回の「試合一週間前からの食事方法」ではコンディションを整えるため、衛生面に配慮しながらバランスのよい食事をとることが大切とお伝えしました。
一方で試合前日から当日にかけての食事は本戦でいかに集中力・体力を持続させるかがカギとなるため、コンディショニングだけでなく、エネルギーの蓄積も大切になります。
「食事で試合に勝つことはなくても、食事で試合に負けることはある」とも言われるように、試合前に食べたものによって競技のパフォーマンスが大きく落ち、本来の力を出しきれないということは十分に起こり得ます。
野球やサッカー・陸上など、競技に関わらず大会前の食事はエネルギー補給とコンディショニングに重点を置く必要があります。
そこで今回は万全の状態で試合に臨むための、試合前日から当日にかけての食事方法についてご説明していきます。
目次
試合前の食事のポイント
試合前の食事に求められる役割には、下記のものが挙げられます。
- 筋肉のエネルギー源としての「筋グリコーゲン」を蓄えること
- 脳・神経のエネルギー源としての「肝グリコーゲン」を蓄えること(あるいは血糖値を維持すること)
- 体調を整えること
- 体温を上昇させ、やる気を起こすこと
- 空腹感をなくすこと
- 消化に時間のかかるものは避けること
- 腸内にガスが溜まるものは避けること
グリコーゲンとは体全体に貯蔵されている糖質で、脳や赤血球を除くほとんどの細胞に存在するものです。肝臓では、血糖値が下がるとその維持のためにグリコーゲンの分解が起こり、糖分が血液中に放出されることで体にエネルギーを供給します。
また筋肉にもグリコーゲンが貯蔵されており、運動の際に血糖の利用のみでは不十分な際には筋グリコーゲンを分解することでエネルギー源として利用されます。
試合やレースの成果には、このグリコーゲンの貯蔵量が大きく関わっているのです。
試合前日の食事
糖質中心の食事に
試合当日に、運動時の主なエネルギー源であるグリコーゲンを十分に蓄えておくために、糖質(炭水化物)中心のメニューにすることが基本になります。
糖質源としては、ごはん・パン・うどん・果物などがよいでしょう。カステラやまんじゅうなどの和菓子類も糖質を多くとれて、かつ脂肪分は少ないので間食におすすめです。
洋食の場合は少し注意が必要です。パンでもデニッシュやクロワッサンは脂肪分が多いので控え、食パンやコッペパンの方がおすすめです。また、脂肪分になるバター・マーガリンなども控え、糖質をとれるはちみつやジャムを利用しましょう。
量は控えめに、夕食は早めに
十分にエネルギーを蓄える一方で、体が重くならないよう注意しなければなりません。前日の練習は軽めで調整しますので、食事も全体的なボリュームやカロリーを軽めにしましょう。
また夜遅くに食事をとると、寝る時間になっても食べ物の消化が終わらず、睡眠の質が落ちてしまいます。試合前日の夕食は寝る3時間前にはすませるようにしましょう。
ビタミンをとる
ビタミンはエネルギー代謝や、体調を整えるために欠かせないので不足しないようにとります。特に糖質からのエネルギーを産生する際に必要なビタミンB1は不足しやすいの注意しましょう。
ビタミンB1は豚肉、豆類などに多く含まれていますが、試合前は主食中心となるため、どうしても不足しがちです。とりきれない場合はサプリメントの摂取も検討しましょう。
脂質は控える
試合前は緊張感も高まりストレスがかかりやすいです。ストレスがかかると消化機能も低下するので、消化吸収に時間がかかる脂肪分は控えるようにしましょう。
脂肪分の多い食品は脂身の多い肉や、天ぷらやフライなどの揚げ物、ドレッシングやマヨネーズになります。ゲン担ぎでカツ丼を食べるのはあまりおすすめできません。肉や魚を使った主菜のおかずも量を少なめにして下さい。
洋食や洋菓子は脂肪分が多くなる傾向にあるため、和食中心のメニューがおすすめです。
食物繊維は控える
試合前調整期では便秘予防のために積極的な食物繊維の摂取を心がけますが、胃腸に負担のかかる栄養素のため試合前日には不向きです。
また、食物繊維のとり過ぎは腸内にガスがたまりやすくお腹が張ったり、下痢を引き起こす原因にもなりかねませんので、野菜や海藻類・きのこ類は控えめにする方がよいでしょう。
栄養不足が気になりますが、ビタミンは野菜ジュースやフルーツジュースを活用してとりましょう。
カゴメの「野菜生活」などの市販の野菜ジュースの多くはビタミンが豊富な上に、食物繊維は製造工程で少なくなっているのでおすすめです。
※野菜ジュースはまれに食物繊維を多く添加しているものもございますので、栄養成分表示をよく確認して下さい。1本あたり1~2g程度ならいいですが、あまり多いものは避けて下さい。
シリアルやフルーツグラノーラも糖質源の候補として挙げられますが、食物繊維が多いものがほとんどですのであまりおすすめはできません。
安全性・衛生面に注意する
1週間前の食事と同様に、食中毒を防止するために刺し身や牡蠣などの生ものは控えましょう。作り置きのおかずにも注意し、なるべくその日に作った料理を食べるようにして下さい。
生野菜は茹でて調理すれば、消化がよくなるだけでなく食物繊維の量も減るので一石二鳥です。また、牛乳を飲むを下痢をしやすい方は乳製品も控えましょう。
お酒は飲まない
お酒に含まれるアルコールは飲み過ぎればもちろん二日酔いで影響が出る恐れがあり、ほどほどの量だとしても睡眠の質を下げてしまいますので、ベストコンディションで挑むためには飲まない方がよいでしょう。
また利尿作用によって体の水分が抜けてしまうため、ウォーターローディングの観点からもオススメはできません。
試合当日の食事
試合当日の食事も前日と同様に糖質中心の食事が推奨されますので、試合前に食べるといいものとしてはごはんやパンなどのエネルギー源になる食べ物です。
当日の食事では食べるものだけでなく食べるタイミングも意識しましょう。
試合開始の3~4時間前に食べる
試合当日の食事は、試合開始までの時間と消化吸収時間を考慮したうえで食事時刻を設定し、献立や補食の食品を選択します。タイミングとしては試合開始の3~4時間前までにとれるようにしましょう。
例えばマラソンのレースが朝9時にスタートとすると、朝の5時から6時の間に済ませる必要があります。それよりも遅くなってしまいますと、消化に十分な時間がとれない可能性があります。胃の中に未消化の食べ物がありますと、競技中の不快感の原因になりますので注意しましょう。
朝食のメニュー例
下記は体重60kgの男性マラソンランナーを想定した朝ごはんの例です。メニューは前日と同じように糖質中心の主食(ごはん・パン・うどん・もち)+果物を基本にし、消化のよいものを食べるようにしましょう。
食べる量は腹八分目を心がけて下さい。無理にたくさん食べようとせず、もし緊張感などであまり食べれなかった場合には、後でおにぎりやエネルギーゼリーなどの軽食で栄養補給しましょう。
<おすすめの食べ物>
- おにぎり(具は梅干しやおかかなど)
- もち
- 食パン(はちみつやジャムをたっぷり塗る)
- コッペパン
- うどん
- そうめん
- バナナ
- 果汁100%のフルーツジュース
和食の朝食メニュー例 |
・カップうどん 1個 ・コンビニおにぎり 1個 ・野菜ジュース 1杯 ・キウイヨーグルト |
エネルギー:750kcal
糖質:140g
洋食の朝食メニュー例 |
・6枚切り食パン 2枚 (ジャム付き) ・あんパン 1個 ・オレンジジュース 1杯 ・りんご 1/2個 |
エネルギー:790kcal
糖質:160g
[メニュー例]
試合前の補食のとり方
試合開始時刻や大会のスケジュールによっては、理想的なタイミングに食事がとれないことも少なくありません。午後1時からの試合ですと10時に食事というわけにはいきませんし、また1日に2試合、3試合と連戦のときもあるでしょう。
このようなときは、コーチ、トレーナーなどのスタッフと相談したうえで、大会当日のスケジュールに合わせた補食を用意する必要があります。
2~3時間前
このタイミングでは試合開始までまだ時間があるので、主食中心の腹持ちがいい食べ物で軽食をとりましょう。3~4時間前に食事をしっかりとれているのであれば、必ずしも食べる必要はありません。
- おにぎり
- ロールパン、食パン
- あんパン
- だんご
- カステラ
1~2時間前
このタイミングでは競技に影響を与えないよう、消化のよい食べ物をとりましょう。ごはんやパンなどに含まれるデンプンは消化に時間がかかりますので、果物やカステラなどで糖質を補給します。
- バナナ
- 果汁100%フルーツジュース
- エネルギーゼリー
- カステラ
- まんじゅう
- スポーツドリンク
水分は吸収されるまでに多少時間がかかりますので、試合開始の30分~1時間前までに250~500mLの水分補給を行っておきましょう。
※スポーツ時の水分補給のしかたについては「スポーツ時の熱中症対策のための水分補給」にて詳しく解説しています。
試合直前の補給は注意
試合開始30~45分前からの糖質のとりすぎには注意が必要です。
このときに糖質を多く摂取すると一過性の高血糖状態となり、その反動で血糖値を下げるホルモンであるインスリンの濃度が高まります。
この状態で激しい運動を開始すると、運動中に血糖値が急激に低下して低血糖を引き起こす可能性があります1)(これを「インスリンショック」と呼びます)。
試合直前はスポーツドリンクで水分補給をしたりアメをなめたり、エネルギーゼリーを少量とる程度にしましょう。もしくは果糖はブドウ糖や砂糖に比べて血糖値が上がりにくいため、バナナなどの果物も直前のエネルギー補給に向いています。
参考:食品の胃内滞留時間
なお具体的な食品ごとの胃内滞留時間は以下のようになります。
傾向としては脂質の多い食べ物、食物繊維の多い食べ物がより滞留時間が長く、消化に時間がかかることが分かります。
タンパク質を多く含む食品 | ||
食品 | 量 | 滞留時間 |
牛乳 | 200mL | 2時間 |
卵焼き | 100g | 2時間45分 |
牛肉(煮) | 100g | 2時間45分 |
焼き魚(ひらめ) | 100g | 3時間 |
天ぷら(えび) | 100g | 4時間 |
ステーキ(牛) | 100g | 4時間15分 |
炭水化物を多く含む食品 | ||
食品 | 量 | 滞留時間 |
おかゆ | 100g | 1時間45分 |
おにぎり | 100g | 2時間15分 |
もち | 100g | 2時間30分 |
パン(焼) | 100g | 2時間45分 |
うどん | 100g | 2時間45分 |
さつまいも | 100g | 3時間 |
果物・野菜 | ||
食品 | 量 | 滞留時間 |
リンゴ | 100g | 1時間45分 |
きゅうり | 100g | 2時間30分 |
たけのこ | 100g | 3時間15分 |
※城田知子ほか:「イラスト栄養学総論」.東京数学社, 2012.より一部加筆修正
試合中・レース中の栄養補給
マラソンのレース中やサッカーのハーフタイムでは、スポーツドリンクでエネルギーを補充しましょう。
フルマラソンやトライアスロンを走る場合には補給食は必要になってきます。目安として1時間に1回、100kcal程度のエネルギー補給を行って下さい。100kcalはエナジージェル1個分やバナナ1本分の量になります。
試合と試合の合間の食事
競技によっては1日に何試合も行うことがあるでしょう。その場合は次の試合までどれだけ時間があるかを考え、その時間内で消化できる糖質をとる必要があります。時間のないときは、上記と同様に消化吸収の早い食品を選ぶようにします。
例えば高校女子バスケットボールチームに行った研究では、午前中の第1試合後の昼食に、主食+おかずという普通の弁当を食べないようにして、代わりに糖質・ビタミン・水分を戦略的に摂取するようにしました。
その結果、午後の第2試合のフリースロー成功率やリバウンド獲得率が向上し、ミスプレーが少なくなったそうです。
つまり消化に負担のかかるたんぱく質・脂質を排除して、おにぎりやオレンジジュースといった糖質中心の食事にしたことで、競技パフォーマンスが向上したということです。
また、1日に2試合、3試合と連戦があり、試合後速やかに筋グリコーゲンを回復させたい場合には、試合終了後できるだけ早いタイミングで1時間あたり1.0~1.2g/kg体重の糖質をこまめに分けて摂取するとよいとされています2)。
「1.0~1.2g/kg体重」の糖質といいますと、おにぎり1~2個分、あるいはバナナ1本+エネルギーゼリー1個くらいの量が目安になります。次の試合まで2~3時間くらい空くようであれば、もっとまとまった量を食べてもよいでしょう。
試合後の食事
試合後は蓄えていたグリコーゲンを消費して、疲労が溜まっている状態。
競技時間の長いスポーツでは筋肉痛になっている場合もあるでしょう。このような試合後は食事で糖質とたんぱく質をとり疲労回復に努めることが大切です。
また運動後の体はエネルギー不足を補うために、筋肉を分解してエネルギーを作り出そうとします。それをくい止めるためにも栄養補給は試合後できるだけ早いほど疲労回復には良いです。
糖質とたんぱく質の両方がとれるメニュー例としては、卵サンドイッチ+オレンジジュース、バナナ+牛乳といった組み合わせになります。タラコの入ったおにぎりですと、疲労回復にいいビタミンB1も多くとれるのでおすすめです。
夏場ですと疲れもあってなかなか食欲がわかないことも多いですが、エネルギーゼリーや果物など食べやすいものでいいので少なくとも糖質補給だけでもできるとよいでしょう。
なお一般的に疲労回復によいとされているクエン酸は、実は効果があるかは科学的根拠がはっきりしていません(詳細記事:クエン酸は疲労回復に効果なし?)。もしサプリメントを利用するのであれば、ビタミンB群やアミノ酸(特にBCAA)などが疲労回復に役立つでしょう。
普段の食事を大切に
ここまで試合前の食事方法についてお伝えしてきましたが、前日・当日の食事でできることというのはコンディションを整えて、万全の状態で試合に臨める状態にするところまでです。
前日だけ付け焼き刃の試験勉強をしても結果はたかがしれているように、大事な大会前だけ食事を気をつけていてもパワーやスタミナは付きません。
また、普段朝食をとらないのに試合のある朝だけ食べようとしても、なかなか胃腸が受け付けてくれないでしょう。
そのため主食・主菜・副菜とバランスのよい食事をとる、栄養価の低いスナック菓子などは控えるなど、普段のトレーニング期から質の高い栄養補給を積み重ねることが、勝つための体づくりには一番大切なことです。
食事の効果はなかなか目に見えてわかるものではありませんので、継続するのは強い意志が必要です。しかしだからこそ、1食1食の積み重ねで作られた体はライバルに差をつける大きなチャンスになります。
参考文献
林淳三 編:「基礎栄養学」.建帛社,2010.
田口素子・樋口満 編:「体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学」.市村出版,2014.
小林修平・樋口満 編:「アスリートのための栄養・食事ガイド」.第一出版,2001.
加藤秀夫・中坊幸弘・中村亜紀 編:「スポーツ・運動栄養学」.講談社,2012.
村野あずさ:「『走る』ための食べ方」.実務教育出版,2013.
城田知子・田村明・平戸八千代:「イラスト栄養学総論」.東京数学社, 2012.
1) Koivisto VA et al.: Glycogen depletion during prolonged exercise: influence of glucose, fructose, or placebo. J Appl Physiol, 58: 731-737, 1985.
2) Burke LM et al.: Carbohydrate for training and competition. J Sports Sci. 29: S17-S27,2011.