スポーツや食に関わる専門家の方々が、「食と栄養」にどのように向き合っているかを学ぶ「#栄養の窓」シリーズ。
今回お話を伺うのは公認スポーツ栄養士として、子どもからプロのアスリートまでチームや個人に食事や栄養の指導、メンタルのサポートをしている田代シマさん。
補食を取り入れてチーム全体のパフォーマンスが上がったり、女性アスリートの生理痛などの不調改善につながったりなど数多くの成果が生まれています。食事と栄養の重要性についてお聞きしました。
目次
プロフィール
選手に指導する田代シマさん(右)
病院の管理栄養士として10年間勤務した後、2017年に公認スポーツ栄養士を取得。スポーツ施設トレーナー、ジムカフェ責任者を経て、2022年〜アスリートの食をサポートするチーム「Atheat(アスイート)」に所属。
フリーランスとして、子どもから大人のプロアスリートや、保護者の方や企業向けのセミナー、個別相談で栄養や食事、メンタル面のサポートをしている。
―まず簡単に自己紹介をお願いします。
広島県在住でプロアスリートからキッズまで個人やチームのサポートのほか、女性の健康と美のサポートとして、ダイエットや女性の疾患のサポートをしております。
またカフェなど飲食店やスポーツ施設の料理やドリンクメニュー開発やプロデュースや、ジムのトレーナーとしても活動していたことがあり、スポーツの指導経験もあります。
専門学校の講師でもあり、さまざまな企業様のセミナーやサポートをさせていただいております。
補食を取り入れてパフォーマンスアップ!
―かなり幅広く活動されているのですね!最近はどんな食事や栄養の指導をされたのですか?
そうですね。先日、全国大会に行くことが決まった広島県内の高校サッカーチームや、高校野球、その他チーム、個人のサポートをしております。
こちらの高校サッカーチームには9年間サポートさせていただいております。いつもお話をさせていただいているなかで、選手の身体づくりを支える保護者様の日々の食事のサポートが、大きな力の一つになっているなと感じています。
田代さんが栄養指導にかかわったチーム。2023年11月に行われた広島県大会で優勝した。
―このチームに対して、具体的にはどんなサポートをされたのですか?
選手のお母さんたちに向けたセミナーでは、なぜ食べないといけないのかを理解していただき、適切な食事のタイミングや、胃腸の力を高めて栄養を受け取れるようになる身体づくり、試合の前や試合中、試合後にとると良い食事などについてお伝えしました。
講演を聞く中学生サッカークラブチーム
食事によってパフォーマンスは大きく変わりますし、けがの予防や免疫アップにつながります。
たとえば、けがやインフルエンザなどで練習に参加できない状態が1週間続いてしまうと、筋肉量が落ちたり、体力が低下したりして、パフォーマンスは下がってしまいます。
また、日本は練習量が多いのが特徴で食事が追いついていない現状があります。栄養のバランスからみると、本来は毎日とる3度の食事以外に、練習前後に補食を取ったほうがいいです。
補食の具体例としては、こんなものがあります。
選手の嗜好や食べやすいものに合わせて、この中から好きな食べ物を選んで、練習の前や後に取っています。
普段から補食を取る習慣をつけておくことで、筋肉がつきやすくなったり、けがをしにくくなったりしますし、重要な試合前にも「これ!」という「勝負食」を取ってパフォーマンスを発揮するようになったりします。
3食だけでは栄養が足りない
―補食はけがの防止や体力をつけるうえですごく重要なんですね!
意外と知らない方も多いんですが、スポーツ選手の多くは3食だけでは栄養が足りていないんです。
学校でお昼を食べた後、夜まで食べずにそのまま部活をやっていると、実は身体を削ってしまっている状態になっています。
授業中、筋肉を動かさなくても脳へ糖分が使われてしまうので、授業を終えて練習を始める前には糖質を中心にしっかりとったほうがいいんです。
普段から補食を取っておけば、体力や筋肉がついて足がつりにくくなったり、持久力も上がったりして、長い試合中もずっとパフォーマンスを維持できるようになります。
また、練習の後や寝る前も補食は大事です。思春期の選手には、低血糖のため夜目覚めてしまう子もいます。そういう場合には、寝る前にヨーグルトを食べるといいです。
栄養面のうえで補食ってすごく大事で、ちょっと走れるようになったなどプラス面を実感してもらっていますね。
こうした食事や栄養の指導は、メンタルにもそのままつながってくるんです。
栄養サポートの半分は、メンタルのサポート
身体づくりの目標を紙に書いて見える化!
―メンタル面のサポートはどんなことをされてきたのですか?
「メンタルコーチングセミナー」というものを開いて、目標達成やモチベーションアップなどのワークを入れました。セミナーでは、選手に自分の可能性を信じてもらい、一人一人が自分の可能性を信じられるようになることを心がけています。
田代さんが行っているメンタルコーチングセミナーのワーク
こうした取り組みはほかの学校でもやっています。内容としては、付箋をはって楽しみながら、目標やどうしたいのか、そのためにどんなことをするのかなどを書いていく感じです。
会場全体を使って選手が一人ずつ、どんな身体づくりをしたいのか挙げていって、「自分の持ち味は何か」、あるいは「改善できることは何か」、「今何をするべきか」を付箋に書いていきます。
メンタルコーチングセミナーの様子
選手自身に自分の身体に向き合ってもらう
私は栄養サポートの半分は、メンタルのサポートだと思っています。
実際に選手たちのモチベーションが高まることで、栄養への向き合い方も変わっていくのを日々感じています。
まずは、なぜ食べないといけないのか、どんな身体をつくりたいのか本人たちに考えてもらいます。そのうえで、なりたい身体をつくるためには何をしたらいいかを考えていくと、栄養は確実に必要な要素として挙げられます。
それを自覚してもらうことでやっと自分の身体を大切に考えられるのかなと思いますね。
田代さんが選手に栄養指導で作った食事。タンパク質や脂質、炭水化物のPFCバランスを大事にしています。
こうした指導の後に言うのが、「自分の身体に向き合っていこうね」ということです。
身体づくりや栄養を取るために何をするのかを知ってもらい、自分で行動に移してもらうことが重要です。自分の身体と向き合ってもらい、便の調子など細かいところも見てもらいます。
先ほどの補食の話にもつながりますが、食事をとったことで、体の動きがどう変わったかを自分で実感してもらうということを小学生のチームに対してもやってもらっています。
感謝の気持ちも大事に
いつも、全ての選手に、食べ物は植物や動物から命をいただいていること、さらに保護者様が毎日食事を作ってくれることに感謝することをお伝えしています。
こうした感謝を大事にしていると、チーム内の人間関係がより良くなって、チーム力も上がってくるんですよ。
女性選手のコンディショニングサポート
―なるほど、確かに考え方の部分が大事ですよね。女性へのサポートについても、教えていただけますか?
はい。最近は、40代の女性アスリートで来年のオリンピック出場を目指している方や、海外のチームに移籍した20代の女子プロサッカー選手に栄養指導しています。
田代さんの栄養指導により選手が自分で作った食事
海外在住の選手に対しては基本的にオンラインのサポートがメインです。最初はセッションを大事にしており、体温や甲状腺機能、胃腸やストレスの状態など、健康状態を図るための質問項目が細かくあるので、1つずつ聞いていきます。
女性は貧血の選手が多いです。鉄分を吸収するための組み合わせや根本である栄養の取り方、エネルギーを回せているかといった土台となる身体づくりを一緒に考えていますね。
体重を増やす課題への対応
当初、選手から聞いていた目標は「増量」でした。彼女は、お腹がゆるく、たびたび下痢があって、なかなか体の栄養吸収が追い付かない、体重が増えないというのが課題でした。
そのため、強い身体づくりをしたい、海外に行っても体調を維持したいという要望がありました。
彼女の食事はそれまでタンパク質中心でしたが、タンパク質(Protain)に加えて脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)の3つの栄養をバランスよく取る「PFCバランス」を整えていきました。
選手と一緒に取るべき栄養量を計算して、その食事を選手自らが作ります。
田代さんの栄養指導により選手が自分で作った食事
その結果、下痢をしないようになり、体重が増えて体温も1か月くらいで向上しました。選手は忙しいなかで、彼女ができる範囲内で食事を作っていました。
トレーナーとも調整し、トレーニング内容にも合わせた栄養指導になっています。そんななかで、彼女の努力や心の強さから得られた成果は非常に大きかったと思いますね。
女性アスリートのエネルギー不足問題
女性の場合、ホルモンバランスなども体調に大きく影響します。彼女の場合は、生理痛があって練習やパフォーマンスに影響していたため、ピルを服用していましたが生理痛がなくなって不要になったのは体調が大きく向上したからです。
女性アスリートは、エネルギーをしっかりとらないと生理不順や疲労骨折になってしまうリスクがあります。意外と知らない人も多く、ご飯を食べると太るのではないかと不安になってしまう人もいます。
料理教室を通じて食の大切さを伝える田代さん
マラソンや新体操では極端な減量をしてしまう人もいるのですが、体質を改善すればちゃんと調整できる身体になるんです。炭水化物を極端に減らすのではなく、3つの栄養(PFC)をバランスよく取ってほしいですね。
女性の場合は、脳の「視床下部」という部位のなかに、ストレスを受けるところ、女性ホルモンの調節や自律神経にかかわっているところが同じところにあって、さまざまな影響を受けやすくなっています。
私は、アスリート生活が終わっても一生涯健康的な生活を送ってほしいと思っています。アスリート生活でも、パフォーマンスを上げることだけでなく、女性としての健康な身体づくりも意識してもらえるといいですね。
栄養と心のサポートで選手たちに一生涯幸せでいてほしい
―食事と栄養、メンタルそれぞれが密接につながっていてすごく深いですね。今後チャレンジしていきたいことなど展望を教えてください。
お伝えしたように、栄養のサポートの半分は、心のサポートでもあると思っています。両方のサポートをこれからもしていきたいです。
心と身体はつながっています。体調もメンタルの状態も食物で作られるとも言われますよね。ただそれだけでなく、食べたものを身体の中で吸収して、栄養に変えていくことも同時に必要です。
食べたものをしっかり消化吸収できる胃腸の力や、栄養を身体の中でしっかり使える体質を作ることも大切で、栄養バランスだけでなく、土台づくりについてもお伝えしていきたいですね。
私の目標は、一生涯幸せな人を増やすことです。健康や幸せの根本となるのは栄養です。食べて身体をつくる場所を増やしたり、こうした重要性を伝えていける人を増やしたりしていきたいと思います。
取材協力:梅澤あゆみ(ライター)
日刊県民福井記者、埋蔵文化財の発掘調査の仕事を経て2019年よりフリーランス。現在、複数企業のメディアでインタビュー記事の執筆や広報活動などをしている。福井市在住