こんにちは。スポーツ栄養士の盛岡です。
アスリートにとって減量・体重管理はパフォーマンスの維持・向上の上で非常に重要なポイントで、特に女性の場合はコンディショニングに深く関わってきます。
誤った知識をもとに食事制限を行うと、競技力が落ちてしまうだけでなく、健康上の大きな障害をもたらしてしまう危険性もございます。思春期を迎えた女性選手に見られやすい症状は3つあり、「女性アスリートの三主徴」といわれ健康上の問題として注目されています。
今回は女性アスリートに起きやすい健康上の問題と、食事での予防・対策方法についてご説明いたします。
目次
女性アスリートの身体的特徴
男性と女性では、体のつくりや生理機能に様々な違いが見られます。
体のつくりにおいては、一般的に筋肉量や体水分量は男性の方が多く、体脂肪率は女性の方が比較的高いです。また、男性には性ホルモンの周期性は見られませんが、女性には25~35日で基礎体温や卵巣、子宮内膜に周期的な変化が生じます。
この女性の性周期が現れるには、ある程度の体重が必要で、加えて一定の体脂肪量を保持していることが関係していると考えられています。もし体脂肪量が少ないと、女性ホルモンの分泌に異常が起こり、月経異常を招くリスクが高くなってしまいます。女性アスリートを対象に調査した研究でも、下のグラフ1)のように体脂肪率が低いほど月経異常である割合は高くなっています。
このように、女性にとってはある程度の体重・体脂肪量があることが、コンディショニングの上で重要になるのです。
女性アスリートの三主徴とは
「女性アスリートの三主徴」とは、1992年にアメリカスポーツ医学会が取り上げた、女性選手に多くみられる健康問題で、「利用可能エネルギーの不足」「無月経」「骨粗鬆症」の3つがあります。
女性アスリートの三主徴は、継続的な食事制限や激しいトレーニングが引き金となり、それぞれが相互に作用し合って発症します。
利用可能エネルギー不足
利用可能エネルギーとは、食事からの摂取エネルギーから、運動による消費エネルギーを引いた残りのエネルギーのことです。残りのエネルギーは基礎代謝や日常生活に使われますが、激しいトレーニングに加えて食事制限を続けていると、十分なエネルギーを確保できなくなります。
エネルギーの不足はトレーニングの強度が落ちる、疲労が回復しないといった問題を引き起こしますが、女性にとってはそれだけではありません。利用可能エネルギーが不足している状態では、女性ホルモンの分泌に悪影響を与え、月経異常や骨の形成の阻害まで招く危険性があるのです。
行き過ぎた食事制限は摂食障害を招く恐れも
アスリートは競技のために減量を行うことが多いですが、極端な食事制限には十分注意しなければなりません。女性選手の場合は急激なトレーニングの増加や、試合に対するストレスなども重なって、「摂食障害」にまで発展することもあります。
摂食障害とは、正常な食事をとれなくなる精神的な障害のことで、体が食べ物を受け付けなくなる「拒食症」や、食欲をコントロールできず大食いを繰り返してしまう「過食症」があります。重度の摂食障害になると、競技力を向上させるどころか、体力が落ちたり様々な合併症を招いたりして、健康に生活を送ることすらままならなくなってしまいます。
運動性無月経
3ヶ月以上月経が止まっている状態のことを無月経といい、特に激しいスポーツが原因である場合には「運動性無月経」といいます。
運動性無月経が発生する主な原因には、以下のものがあります。
- 利用可能エネルギーの不足
- 精神的・身体的ストレス
- 体重・体脂肪の減少
- ホルモン環境の変化
競技としてはフィギュアスケート・体操などの審美系競技や、マラソンやトライアスロンなどの持久系競技といった、減量に取り組むことの多いスポーツ選手に発症しやすいです。
エネルギー不足であるほど無月経は起こりやすくなります。しかし運動性無月経は正常体重であったとしても、急にトレーニングの強度を上げたときなど、強いストレスがかかったときにも起こりやすくなります。
もし、3ヶ月以上月経がない場合や、15歳でも初経がない場合には、産婦人科を受診することをおすすめします。
骨粗鬆症
骨粗鬆症とは骨量が減少し、もろく骨折しやすくなった状態のことをいいます。
骨粗鬆症は高齢の方がなる病気だと思うかもしれませんが、実は女性アスリートにも発症する危険性があり、近年問題視されています。
その原因は利用可能エネルギーの不足や無月経による女性ホルモンの分泌低下にあります。女性ホルモンは骨の形成を助ける働きがあるため、カルシウム不足なども重なると若い女性でも骨粗鬆症になってしまうのです。
実際に女性アスリート239名を対象とした研究2)では、無月経の選手ほど骨折のうちに占める疲労骨折の割合が高いことが分かっています。疲労骨折とは骨の同じ部位に繰り返し加わる小さな力によって骨にひびがはいったり、ひびが進んで完全な骨折に至った状態をいい、骨がもろいほど発症しやすくなります。
女性は思春期の11~14歳に骨密度の年間増加量が最も大きくなり、20歳前後で骨量のピークを迎えます。この時期に無月経になったりカルシウムが不足してしまうことは、本来最も骨を成長させることができるタイミングで骨量を低下させることになり、競技人生にも将来の健康にも大きな悪影響を及ぼしてしまいます。
摂食障害のその他の合併症
摂食障害は無月経や骨粗鬆症の他にも、以下のような合併症を起こす危険性があります。
過食症の合併症
- 嘔吐
- 嘔吐時の胃酸によって歯が溶ける(酸う蝕)
- 食道炎
- 自己嫌悪から起因するうつ病
- 糖尿病
- 高血圧
- 基礎代謝の低下による冷え・むくみ
拒食症の合併症
- 嘔吐
- 貧血
- 免疫力低下
- 低血圧
- 便秘
- 体力や集中力の低下・睡眠不足
食事に対する意識をチェックしてみよう
摂食障害は早期発見と早期治療が重要ですので、まず食事に対する自分の意識をチェックしてみましょう。下記の表3)は「The Eating Attitudes Test (EAT-26)」という摂食障害の疑いがないかをテストするためのツールです。
【EAT-26の使用方法】
◆各項目をチェックして、合計スコアが20点以上の場合は拒食症や過食症が強く疑われるため、専門医へ相談する。
- 「いつもそう」…3点
- 「非常にしばしば」…2点
- 「しばしば」…1点
- 「ときどき」「まれに」「まったくない」…0点
質問 | いつもそう | 非常に しばしば |
しばしば | ときどき | まれに | 全くない |
体重が増えすぎるのではないかと心配になる | ||||||
空腹のときでも食事を避ける | ||||||
食べ物のことで頭がいっぱいだ | ||||||
制止できそうにないと思いながら、大食いしたことがある | ||||||
食べ物を小さく切り刻むことがある | ||||||
自分が食べた食べ物のカロリーに気を配る | ||||||
糖質の多い食べ物(ごはん・パン・麺・いも類など)は特に避ける | ||||||
ほかの人は、私がもっと食べるように望んでいると感じる | ||||||
食後に吐く | ||||||
食後に罪悪感を感じる | ||||||
もっと痩せたいという気持ちで頭がいっぱいだ | ||||||
運動すればカロリーを使い果たせると思う | ||||||
私は痩せ過ぎていると皆から言われる | ||||||
自分の体に脂肪がついているという考えで頭がいっぱいだ | ||||||
ほかの人よりも食事に時間がかかる | ||||||
砂糖の入った食べ物は避ける | ||||||
ダイエット食(美容食)を食べている | ||||||
私の人生は食べ物に振り回されていると思う | ||||||
食べ物に関するセルフ・コントロール(自己制御)をしている | ||||||
ほかの人達が、私に食べるように圧力をかけているように感じる | ||||||
食べ物に関して時間をかけすぎたり、考えすぎたりする | ||||||
甘いものを食べた後、不愉快な気持ちになる | ||||||
ダイエット(食事制限)に励んでいる | ||||||
胃の中が空っぽになるのが好きだ | ||||||
食後に吐きたいという衝動にかられる | ||||||
栄養価の高いものが新しくでたら試食してみたい |
食事での予防・対策
無理な食事制限はしない
女性アスリートの三主徴の発端である利用可能エネルギーの不足を防ぐためには、日ごろから十分な量の食事をとることがまず大切です。
減量が必要である場合でも、バランスのよい食事を心がけながら、1日あたり200kcal程度、多くとも500kcalまでのカロリー制限にとどめましょう。無理な食事制限は体力の低下やリバウンドを招き、減量に失敗するだけでなく摂食障害につながる可能性もあります。朝食や夕食を抜きにするのもおすすめできません。
また、脂質は体にとってエネルギー源になるだけでなく、女性ホルモンの材料となる大切な栄養素ですので、極端な脂質カットは体調に悪影響を及ぼします。減量中はたんぱく質の摂取量を維持しながら、糖質と脂質の両方を少しずつ制限することが体にとってリスクの少ない食事方法になります(飲酒の習慣がある方は、まず休肝日を増やしてアルコール摂取量を減らすことが優先です)。
早く痩せたいと焦る気持ちがあるかもしれませんが、できるだけストレスにならないように少しずつ取り組むことが一番の近道です。
関連記事:アスリートの減量のための食事方法 ›
骨を作る栄養素をしっかりとる
月経の有無に関わらず、骨を作るための栄養素は普段から十分にとることが大切です。栄養補給では、カルシウム・ビタミンD・マグネシウムを多くとる食事が必要となります。
特にカルシウムは不足しがちな栄養素ですので、牛乳・乳製品や緑黄色野菜、小魚、豆腐などを積極的に食べるようにしましょう。思春期の女性アスリートであれば、牛乳はコップ2杯分を毎日飲むようにしたいところです。
治療の際の食事
無月経になってしまった場合には、月経再発を促す方法として、女性ホルモン(エストロゲン)補充療法、食事量の増加、トレーニング量の制限などが考えられます。三主徴のいずれかが疑われる場合には、まずは医療機関を受診して、医師からの指示を受けるようにしましょう。
「食べたらまた太ってしまうのでは?」という不安があるかもしれませんが、食べないことによる体調の悪化や体力の低下の方が体にとって重大な問題です。心配であればまずはおにぎり1個、おかず1品でもいいので、数ヶ月のスパンで焦らずに少しずつ増やしてみて下さい。
まとめ
- 女性にとってはある程度の体重・体脂肪量があることが、コンディショニングの上で重要
- 女性アスリートが陥りやすい健康上の問題として、「利用可能エネルギーの不足」「無月経」「骨粗鬆症」の3つがあり、これらは「女性アスリートの三主徴」と呼ばれる
- 利用可能エネルギーとは食事からの摂取エネルギーから、運動による消費エネルギーを引いた残りのエネルギーのこと
- 利用可能エネルギーの不足は無月経を引き起こし、ホルモンバランスの乱れから骨粗鬆症を引き起こす
- 減量時では無理な食事制限は行わず、少しずつカロリー制限することが大切
- 治療の際には医師の診察を受けて、必要であれば少しずつ食事量を増やすようにしよう
参考文献
独立行政法人日本スポーツ振興センター・国立スポーツ科学センター:「成長期女性アスリート指導者のためのハンドブック」.勝美印刷,2014.
田口素子・樋口満 編:「体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学」.市村出版,2014.
1) 目崎登:運動性無月経, ブックハウスエイチディ, pp34-38, 1992.
2) 能瀬さやか ほか:女性トップアスリートにおける無月経と疲労骨折の検討, 日本臨床スポーツ医学会誌, 22(1), 122-127, 2014.
3) Garner DM et al.: The eating attitudes test: psychometric features and clinical correlates. Psychol Med, 12:871-878, 1982.