こんにちは。管理栄養士の盛岡です。
マラソンなどのレースに出場した際、後半に急に体が重くなって失速した経験はございませんか?経験があるという場合は、もしかしたら事前のエネルギーの補充が十分でなかったかもしれません。
レース前や試合前の食事では、バランスのよい食事メニューよりも競技で実力を最大限に発揮するための栄養補給が求められます。特に競技中のエネルギー消費量が多いスポーツでは、エネルギー補給に重点をおいた「カーボローディング」という食事方法が有効です。
そこで今回はまずカーボローディングとはどのような食事なのか、その効果と実践方法について徹底解説いたします。
目次
カーボローディングとはどんな食事なのか
カーボローディングとは、体にとってのエネルギー源である「炭水化物」(カーボハイドレイト:carbohydrates)を、高炭水化物食と運動量の調節によって体内に多く蓄えておく(ローディング:loading)手法のことです。
炭水化物は体の中で消化されエネルギー源となる「糖質」と、消化はされずほとんどエネルギー源にならない「食物繊維」の2種類があります(※食物繊維は腸内細菌によってわずかにエネルギー源にもなります)。
カーボローディングはエネルギー源を蓄えるためのコンディショニング手法のことですので、ここで言う「高炭水化物食」とは「糖質を多く摂取する食事」ということになります。
スタミナ切れはグリコーゲン不足が原因?
米やパンなどに含まれている糖質にはデンプン・砂糖・乳糖などの種類があり、体内に消化吸収されたのちに、体内で「グルコース」という糖質に分解・変換されます。
燃焼すると1gあたり4kcalのエネルギーとなるのですが、すぐに燃焼されない場合は捨てられてしまうわけではなく、「グリコーゲン」といういくつものグルコースが繋がった物質として貯蓄されます。
グリコーゲンは体の中では主に肝臓と筋肉に貯蔵されており、血糖値の維持に利用されたり、運動時にはグルコースに分解されてエネルギーとして消費されます。
グリコーゲンは体にとっていわば「ガソリン」のような存在なので、運動中にこのグリコーゲンが不足するとスタミナ切れをおこし、体がどんどん重たくなっていきます。
マラソンは30kmに「壁」があり、急に脚が重たくなってしまうと言われているのは、このグリコーゲンが枯渇した状態にあるからなのです。そのため、どれだけこのグリコーゲンを事前に溜め込んでおけるかというのが、競技の成績を大きく左右します。
糖質の摂取でグリコーゲンを満タンに
このガソリンは普通な食事をしていてもなかなか満タンになりません。
トレーニング期には運動による筋肉中のグリコーゲンの消費と、糖質やたんぱく質の摂取による回復を繰り返しているのですが、グリコーゲンは十分な回復には至らず、疲れも完全にはとれていない状態です。
レースに向けたカーボローディングでは練習量を落としてグリコーゲン消費量を減らしつつ、高糖質食を摂取することで、体内のグリコーゲン貯蔵量を最大限のレベルまで高めて行きます。
このことからカーボローディングは直接的な表現で「グリコーゲンローディング」とも呼ばれています。
カーボローディングはどんな競技で必要か?
カーボローディングによるエネルギーの貯蓄は、運動の持続時間が1.5時間以上の持久性競技において有効です。
スポーツにおけるエネルギー代謝は瞬発的運動と持久的運動では異なり、速筋線維の筋肉を使う瞬発的運動ではあまりグリコーゲンを使いません。
反対に、遅筋線維の筋肉を使う持久的運動では多くのグリコーゲンをエネルギー源として消費します。具体的にはマラソンや自転車、トライアスロン、クロスカントリースキーなどの選手に必要であるとされています。
ただし、非常に多くの糖質を補給する食事方法であるため、不安定型糖尿病(インスリン依存状態にあって、とくに血糖値の変動が激しいタイプの糖尿病)や高脂血症といった疾患にかかっている場合は、健康上の理由から実施しない方がよいとされています。
他のスポーツではやらなくてよいか
持久系スポーツに該当しない場合は、本格的に取り組む必要はありませんが、どんなスポーツもスタミナや集中力は大切です。
試合の前日~当日は糖質が多めの食事を意識するとよいでしょう。
試合前の食事方法については下記もご参照ください。
カーボローディングのプラスの効果
カーボローディングはエネルギーを貯蓄するために行う食事方法ですが、どれほどの効果が出るのでしょうか。
エネルギー源であるグリコーゲンは脳や赤血球を除くほとんどの細胞に存在します。特に肝臓と筋肉には多く、通常は肝臓では40g程度、筋肉では350g程度を蓄えています。
一般的な食事では摂取エネルギーに占める糖質の割合は50~60%ですが、これを70%以上の高糖質食に変えてカーボローディングを行うことで、肝臓では80g程度、筋肉では600g程度とおよそ倍量のグリコーゲンを体内に蓄えることができます。
貯蔵部位 | グリコーゲン貯蔵量 | ||
低糖質食 | 混合食 | 高糖質食 | |
肝臓 | 0~20g | 40~50g | 70~90g |
筋肉 | 300g | 350g | 600g |
肝臓と筋肉におけるグリコーゲン貯蔵部位と貯蔵量(資料:Saltin et al., 1988)
逆に、たんぱく質と脂質が中心の低糖質食をとると、グリコーゲンの貯蔵量は低下します。
上の表を見ると筋肉中のグリコーゲン貯蔵量はあまり減少しませんが、これは糖質以外の物質である乳酸や中性脂肪、たんぱく質の分解物であるアミノ酸などから糖質を合成する「糖新生」という代謝が肝臓・腎臓で行われるためです。
フルマラソンでのカーボローディングの必要性
カーボローディングをすることで、グリコーゲンの貯蔵量は肝臓と筋肉を合わせると約400gから約700gにまで増えることになります。
グリコーゲンは1gあたり4kcalのエネルギーを生み出しますので、300gのグリコーゲンが増えるということは、1,200kcalものエネルギーを追加で体内に貯蓄できるという計算になります。
42.195kmの距離を走るフルマラソンでは、およそ2,500kcalのエネルギーを消費します。持久的運動においてはグリコーゲンだけでなく体脂肪もエネルギーとして利用されますが、グリコーゲンは半分ほど消費されるだけでも大きな疲労を感じるようになります。
レース後半での失速を食い止めるためにも、フルマラソンに出場する場合にはカーボローディングはぜひ行うとよいでしょう。
また、ハーフマラソンに出るランナーでも90分以上かけて走る場合には、前日や当日の食事を糖質中心にするよう意識してみて下さい。
カーボローディングは太る?
なお、カーボローディングには競技にとってマイナスの効果もあることも知っておかなければなりません。
摂取した糖質はグリコーゲンとして貯蔵される際、グリコーゲンと一緒に水も蓄えられて体重が増加しやすくなります。
グリコーゲン1gには約3gの水分が結合するため、仮に300~400gのグリコーゲンを普段の量にプラスして貯蓄するとなると、900~1200gの水も一緒に増えて、合計でおよそ1200~1600gの体重増加になります。
「カーボローディングをすると太る」とよく言われますが、体重の増加は体脂肪がつくことではなく、水分が増えることが主な要因です。したがってほとんどの場合、体重増加というデメリットよりもエネルギーを蓄えられるメリットの方が大きいとされています。
ただそれでも糖質源となる食べ物以外の量は少なくして、できるだけ体重は維持するのが望ましいでしょう。
カーボローディングの方法
次に、実際にカーボローディングを行うにあたって、食事量はどれくらいがいいのか、どんな食べ物を食べるといいのか、具体的なやり方についてご説明いたします。
古典的な方法
初期に提唱された古典的な方法では、まず試合の7日前~4日前に疲労困憊になるほどの高強度のトレーニングと糖質エネルギー比が40%以下の低糖質食を実施し、グリコーゲン貯蔵量を低下させます。
その後試合3日前~当日にかけては反対に糖質エネルギー比70%以上の高糖質食とし、グリコーゲンの貯蔵量を増加させます。
一旦体の中のグリコーゲンを枯渇させることで、その後の高糖質食ではダイエット後のリバウンドのように反動で一気に貯蔵量が増加するという理論に基づいた方法です。
糖質エネルギー比とは
摂取エネルギー全体に占める、糖質由来のエネルギーの割合。エネルギー源となる栄養素には、たんぱく質・脂質・糖質・食物繊維・アルコールがあります。日本人の糖質エネルギー比は通常50~60%程度です。注意点として、野菜やきのこなどにはエネルギーがほとんどないため、例えば「摂取エネルギー(kcal)の50%」は「食事量(g)の50%」とはイコールではありません。
しかし、この食事方法は極端な食事制限で心身ともにストレスが大きく、試合の直前にハードなトレーニングをするというリスクが伴うため、失敗する確立の高い方法でした。
そこで現在では以下のような方法が推奨されています。
現在推奨されている方法
改良法のカーボローディングでは、試合7日前~4日前までは糖質エネルギー比50~60%程度の普通な食事をとり、試合3日前~当日にかけては糖質エネルギー比70%以上の高糖質食をとります。
また、ハードなトレーニングを行う必要はなく、時間と強度を少しずつ低下させてグリコーゲン消費量を減らしていきます。
このやり方でもグリコーゲンの貯蔵レベルを、古典的方法とほぼ同レベルまで高めることが可能です。
また、カーボローディング時に必要な糖質量は絶対値で表すと、体重1kgあたり10~12gが目安とされています1)。例えば体重60kgの方でしたら、60×10=600gの糖質が必要ということになります。
なお、体内のグリコーゲンが増えると、水も一緒に蓄えられて体重が増えやすくなりますので、糖質源となる食べ物以外は控えて、できるだけ体重を維持するよう注意しなければなりません。
間食で足りない分を補おう
実際に500~600gもの糖質を食事でとろうとすると、朝・昼・晩の3食で食べきるのは大変です。そこで、足りない分については間食を1日に何回かはさんで必要な分をとるようにしましょう。
間食はおにぎりやパンもいいのですが、それではすぐにお腹がふくれてしまいますので、まんじゅうやカステラなど和菓子にすると糖質を手軽に補給することができます。
なお、チョコレートやクッキー・ケーキ・スナック菓子といった洋菓子類は、脂質が多く含まれていますのであまりよくないです。
果物やお菓子では効果がない?
「同じ糖質でもフルクトース(果糖)は筋肉中のグリコーゲンの蓄積にはつながらないため、フルクトースを多く含む果物やお菓子ではカーボローディングの効果がない」といわれることがありますが、これは誤りです。
確かにフルクトースは直接筋肉で解糖に組み込まれるのは稀ですが、小腸で吸収されたのちに門脈という血管を通って肝臓へ運ばれ、そこでグルコースに変換されます。
そしてこのグルコースのほとんどはそのまま血液中(肝静脈)に放出され、筋肉でも取り込まれてグリコーゲンに合成・貯蔵されます。
果物やお菓子はむしろカーボローディングに必要な糖質を、食の細い方でも手軽に補給できる便利な食べ物です。
食事バランスガイドを活用して必要量をざっくりと計算
カーボローディングに必要な糖質量は体重1kgあたり10gと述べましたが、一つ一つの食品の重さを測ったりするのは大変です。
そこで必要な量を大まかに計算するために、厚生労働省と農林水産省が策定している「食事バランスガイド」が役に立ちます。
食事バランスガイドとは食事内容を主食・副菜・副菜・乳製品・果物の5つの料理区分に分類して、1日に必要な食事量として「何を」「どれだけ」食べたらよいかを、食品や料理単位でざっくりと計算するためのツールです。
この「どれだけ」の量を表す単位として「1つ」「2つ」という数え方をしています。
例えばおにぎり1個は主食「1つ」と数え、普段運動をよくする男性であれば1日に6~8つ分の主食の摂取が目安に定められています。したがっておにぎりで換算すれば1日に6~8個を食べる必要がある、ということになります。
このツールはカーボローディングにも応用することができますので、まずは具体的な数え方についてご説明していきます。
糖質を補給できる食べ物と数え方
糖質源となる食品は主にごはんやパン・麺類などの「主食」と、バナナやリンゴなどの「果物」になります。
調味量やイモ類などにも糖質は少しずつ含まれていますが、計算が煩雑になりますので主食と果物の量だけ数えましょう。また、イモ類は食物繊維も多く、お腹が張る原因となってしまいますので食べ過ぎないように注意して下さい。
食品名 | 一食あたりの量 | 主食 | 果物 |
ごはん | 茶碗1杯(150g) | 1.5つ | |
コンビニサイズの おにぎり |
1個(100g) | 1つ | |
もち | 1個 | 1つ | |
食パン | 6枚切り1枚 | 1つ | |
うどん | 1玉 | 2つ | |
ラーメン | 1玉 | 2つ | |
そば | 1玉 | 2つ | |
パスタ | 1束 | 2つ | |
カレー | 1人分 | 2つ | |
りんご | 1/2個 | 1つ | |
バナナ | 1本 | 1つ | |
オレンジジュース | 200cc | 1つ | |
ウイダーインゼリー | 1個 | 1.5つ | |
あんパン | 1個 | 2つ | |
どらやき | 1個 | 1.5つ | |
カステラ | 1切れ | 1つ |
食事量の目安
下の表は性別ごとの主食と果物の目安量になります。
果物は必ず食べないといけないわけではありませんが、カーボローディング時に不足しがちなビタミンをとれて体調管理に役立ちますので積極的にとりましょう。
エネルギー | 糖質 | 主食 | 果物 | |
男性 | 3,000kcal | 600g | 13~15つ | 3~5つ |
女性 | 2,300kcal | 480g | 9~11つ | 2~4つ |
本番前に一度テストしてみる
市民ランナーなら失敗してもいいかもしれませんが、競技選手の場合はぶっつけ本番でカーボローディングを実施するのはとてもリスキーです。トレーニング期に一度試してみて、以下のことを前もって確認してみましょう。
- 必要な量を食べ切れるか
- どんなものだったら食べやすいか
- 体重が増えすぎないか
- タイムは実際にいつもより短くなるか
カーボローディングは普段とは全く違う内容の食事で、しかもかなり栄養の偏った特殊な食事ですので、大して効果が見られなかったり、かえって体調をくずして失敗してしまう可能性も十分にあります。上手くいかないようであれば、やはりいつも通りの食事でレースに臨むという選択をした方が無難です。
なお、具体的なメニュー例については下記のリンクページにて写真付きで掲載していますので、併せて参考にして頂ければと思います。
参考文献
木元幸一・後藤潔 編:「生化学」.建帛社,2009.
加藤秀夫・中坊幸弘・中村亜紀 編:「スポーツ・運動栄養学」.講談社,2012.
田口素子・樋口満 編:「体育・スポーツ指導者と学生のためのスポーツ栄養学」.市村出版,2014.
第一出版 編:「厚生労働省・農林水産省決定 食事バランスガイド―フードガイド(仮称)検討会報告書―」.第一出版,2006.
文部科学省:日本食品標準成分表2015年版(七訂)
1) Bussau VA: Carbohydrate loading in human muscle: an improved 1 day protocol. Eur J Appl Physiol, 87: 290-295, 2002.